仙台地方裁判所大河原支部 事件番号不詳 判決
主文
昭和三十一年(ワ)第二三号、同年(ワ)第二八号、昭和二十三年(ワ)第二三号につき、何れも原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
原告組合訴訟代理人は、「原告組合に対して、(一)被告浜田朝吉、気仙宗助は各自金二十一万千九百二十円およびこれに対する昭和三十一年十月二十五日から完済まで年六分の割合による金員を、(二)被告浜田朝吉、浜田千代太郎は、各自金五万円およびこれに対する昭和三十一年十月二十五日から完済まで、年六分の割合による金員を、(三)被告二瓶正雄、長谷吉治は各自金三十九万百三十円およびこの内金七万円に対する昭和三十一年十一月一日以降完済まで、内金五万八千三百九十円に対する同年十月六日以降完済まで内金六万円に対する同年十月十九日以降完済まで、内金二十万円に対する同年九月三十日以降完済まで、それぞれ金百円につき一日金六銭の割合による金員を、各支払え、訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、
(一)、被告浜田朝吉、気仙宗助は、共同して船岡町商工業協同組合に宛て、(1)昭和三十一年三月二日、金額七万八千円、満期同年同月三十一日、支払地振出地共に船岡町支払場所船岡町商工業協同組合、(2)昭和三十一年三月二十日、金額八万三千九百二十円、満期同年七月三十日、支払地、振出地、支払場所(1)と同様なる約束手形各一通を振り出し、船岡町商工業協同組合に交付した。同被告らは、共同して、原告組合に宛て、(3)昭和三十一年六月四日、金額五万円、満期同年七月三十日、支払地、振出地共に柴田町、支払場所原告組合方なる約束手形各一通を振り出して、原告組合に交付した。原告組合は、右三通の約束手形の所持人で、各満期後再三手形を呈示して支払を求めたが、支払わない。
(二)、被告浜田朝吉、浜田千代太郎は共同して、船岡町商工業協同組合に宛て、昭和三十一年二月十九日、金額五万円、満期同年四月十八日、支払地、振出地、支払場所(1)と同様なる約束手形一通を振り出して、船岡町商工業協同組合に交付した。原組告合は、その所持人で、満期後再三手形を呈示して支払を求めたが、支払わない。
(三)、被告二瓶正雄、長谷吉治は共同して、原告組合に宛て、(1)昭和三十一年九月四日、金額十五万円、満期同年十月二日、被告二瓶正雄、長谷吉治の住所は肩書住所地、支払場所原告組合の事務所、(2)昭和三十一年九月六日、金額五万八千三百九十円、満期同年十月五日、支払場所被告二瓶、同長谷の住所は(1)と同様、(3)昭和三十一年九月十九日、金額六万円、満期同年十月十八日、支払場所被告二瓶、同長谷の住所は(1)と同様、(4)昭和三十一年八月三十一日、金額十五万円、満期同年九月二十九日支払場所被告二瓶、同長谷の住所は(1)と同様、(5)昭和三十一年八月三十一日、金額七万円、満期同年九月二十九日、支払場所被告二瓶、同長谷の住所は(1)と同様なる約束手形各一通を振り出して、原告組合に交付し、右五通の手形につき満期後は金百円につき一日金六銭の割合による遅延損害金を支払う旨各特約した。被告らは(1)の約束手形金に対し、昭和三十一年十月一日金五万円、同月三十一日金三万円を、(5)の約束手形金に対し、昭和三十一年九月二十八日金二万円を支払つた。原告組合は、右五通の約束手形をそれぞれ満期に、支払場所で呈示して支払を求めたが、支払を得なかつた。
(四)、昭和三十一年四月一日、船岡町と槻木町とが合併し、柴田町となつたので、被告は、名称を船岡町商工業協同組合から、柴田町商工業協同組合に改めた。
(五)、よつて、被告浜田朝吉、気仙宗助に対し、各自(一)の(1)(2)(3)の約束手形金の合計金二十一万千九百二十円および、これに対する支払命令送達の翌日である昭和三十一年十月二十五日以降完済まで、商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を、被告浜田朝吉、浜田千代太郎に対し、各自(二)の約束手形金五万円、およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和三十一年十月二十五日以降完済まで、商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を、被告二瓶正雄、長谷吉治に対し、各自(三)の(1)の約束手形の残金七万円と、十万円に対する満期の翌日である昭和三十一年十月三日以降同月三十一日まで、金百円につき一日金六銭の割合による遅延損害金千七百四十円、および残金七万円に対する昭和三十一年十一月一日以降完済まで、金百円につき一日金六銭の割合による遅延損害金、(三)の(2)の約束手形金五万八千三百九十円およびこれに対する満期の翌日である昭和三十一年十月六日以降完済まで、金百円につき一日金六銭の割合による遅延損害金、(三)の(4)の約束手形金六万円およびこれに対する満期の翌日である昭和三十一年十月十九日以降完済まで、金百円につき一日金六銭の割合による遅延損害金、(三)の(4)の約束手形金十五万円と、(三)の(5)の約束手形金の残金五万円の合計金二十万円と、これに対する満期の翌日である昭和三十一年九月三十日以降完済まで、金百円につき一日金六銭の割合による遅延損害金の各支払を求めるため、本訴請求に及んだ。と述べ、被告らの抗弁に対し、
被告らの主張事実中被告ら主張の日時、株式会社加茂組、斎藤昭武からそれぞれ債権譲渡の通知があつたことは認めるがその余の事実は否認する。
(一)、昭和二十六年十二月二十六日付で株式会社加茂組より原告組合の七十七銀行船岡支店の預金口座に金五十万円の小切手の入金があつたことは認めるけれども、以下(1)ないし(5)のような事情があるので、原告組合と株式会社加茂組との間に、被告ら主張のような金五十万円の消費貸借が成立したことは認められない。
(1) 原告組合は、船岡町商工業協同組合という名称で、昭和二十六年六月十二日設立登記を経たもので、当時の出資総額は金百万円、払込んだ出資総額は金五十万円であり、初代代表理事として、加茂庄太郎が就任した。
然るに右庄太郎は組合事務の執行に当り、他の理事に諮らず独断専行し、創立後一年を経過しても役員会の開催は勿論、総会の招集もしないし、組合の経理について不正があつたので、昭和二十七年七月十三日理事水上時雄らが理事会を招集した上同年七月二十六日臨時総会を開いて右庄太郎等理事監事の任期満了による退任を認め、新役員を選任した。加茂庄太郎は仙台地方裁判所へ昭和二十八年二月二十三日、原告組合を被告として、右臨時総会の決議無効確認の訴を提起したが休止期間満了して訴は取下と看做された。
(2) 右のようにして加茂庄太郎は、昭和二十七年六月十二日任期満了により代表監事を退任し、同年七月二十六日松崎善四郎が原告組合の代表理事に就任したのに、その後も、原告組合の帳簿預金通帳その他一切の書類を占有し、事務経理に関する引継をしなかつた。昭和三十年七月十三日になつて、加茂庄太郎は、原告組合代表者に対して原告組合の諸帳簿を引渡したが右帳簿は庄太郎において後日勝手に記載したものが多いし、被告ら主張の訴外株式会社加茂組より原告に対する金五十万円の貸付については、何らの引継もなかつた。
(3) 加茂庄太郎は、原告組合の代表理事であつた当時株式会社加茂組の社長であつて、原告組合の事務所は右株式会社加茂組の事務所内にあつて、加茂庄太郎は原告組合の預金通帳、小切手帳等一切の帳簿、現金等を所持し、原告組合を同人の所有物視して、原告組合の収支計算と株式会社加茂組、加茂庄太郎個人の経理関係を混淆し、原告組合と株式会社加茂組との貸借についても相談をうけた役員は一名もいなかつた。
(4) そして、加茂庄太郎が組合員に対して金員を貸付けた場合に、これが、原告組合の貸金であるか同人個人の貸金があるかについて、区別を明白にしていないのである。株式会社加茂組より、昭和二十六年十二月二十六日付で原告の七十七銀行船岡支店預金口座に小切手で入金になつた金五十万円は、同年年末の売出し季節に際し、組合員の資金調達のためのものであるが、原告組合より同年年末に借り入れた組合員は、その借用金を翌年一、二月頃に全部原告組合宛返還している。
(5) 被告らが主張するように、原告組合において株式会社加茂組から金五十万円を借り受けていたとすれば、原告組合創立後わずか一年前後で経費もそれほどかかつていないのであるから、加茂庄太郎が原告組合の代表理事を辞任して後の原告組合の経理において、右借受金は何らかの形で資産として残つていなければならないのに、これに該当するものがない。
(二)、仮りに被告ら主張のような消費貸借契約があつたとしても、右契約は、原告組合と株式会社加茂組の利益が相反する事項であるから民法第五十七条によると、加茂庄太郎に原告組合を代表する権限ないのにこれに違反し、又中小企業協同組合法第三十八条に違反して原告組合と株式会社加茂組の双方を代表してなしたものであるから双方代理であつて、原告組合に対して効力を生じない。
(三)、又仮りに被告ら主張のような消費貸借が成立していたとしても、原告組合は借受金を昭和二十六年十二月二十六日頃、組合員に貸与したが、翌年一、二月頃全部組合に返済されているのに、(5)にのべたように何ら原告組合の資産として残つていないのであるから、借受金は株式会社加茂組に弁済したものである。
と述べた。
被告訴訟代理人は、主文第一項と同旨の判決ならびに原告組合勝訴のときは、仮執行免脱の宣言を求め、答弁として、原告組合主張の(一)ないし(四)の事実は全部認める。抗弁として、
(一)、株式会社加茂組は、昭和二十六年十二月二十六日、原告組合に対し金五十万円を、利息、金百円につき一日金三銭、弁済期昭和二十七年三月三十一日、遅延損害金、金百円につき一日金四銭と定めて貸与した。そして原告は昭和二十七年六月末日までの利息ならびに遅延損害金を支払つた、右株式会社加茂組は、昭和二十九年五月五日、訴外斎藤昭武に対し、右原告組合に対する元金五十万円と、これに対する昭和二十七年七月一日以降金百円につき一日金四銭の割合による遅延損害金債権を譲渡し、斎藤は昭和三十一年十一月二日右譲受債権のうち、元金十八万円とこれに対する昭和二十七年七月一日以降の損害金を被告浜田朝吉に、元金二十二万円とこれに対する右同日以降の損害金を被告長谷吉治に、元金十万円とこれに対する右期日以降の損害金を被告二瓶正雄にそれぞれ譲渡し、株式会社加茂組は昭和三十二年五月二十七日原告に対して右債権譲渡の通知をしてその頃到達し、斎藤昭武は昭和三十三年二月二十七日、原告に対して、右債権譲渡の通知をし翌日到達した。
ところで被告浜田朝吉の原告組合に対する元金十八万円とこれに対する昭和二十七年七月一日以降昭和三十三年二月二十八日まで、金百円につき一日金四銭の割合による遅延損害金債権と、被告浜田朝吉の原告に対する原告が(一)で主張する約束手形金五万円とこれに対する支払命令送達の翌日以降昭和三十三年二月二十八日まで年六分の割合による遅延損害金、同金七万八千円とこれに対する右と同様の期間、割合による遅延損害金、同金八万三千九百二十円とこれに対する右と同様の期間、割合による遅延損害金、原告が(二)で主張する約束手形金五万円とこれに対する支払命令送達の翌日である昭和三十一年十月二十五日以降昭和三十三年二月二十八日までの右と同様の割合による遅延損害金の債務と対等額で相殺する。被告長谷吉治の原告組合に対する元金二十二万円とこれに対する昭和二十七年七月一日以降昭和三十三年二月二十八日までの金百円につき一日金四銭の割合による遅延損害金債権と、被告長谷吉治の原告に対する原告が(三)で主張する約束手形金十五万円と、これに対する昭和三十一年十月十九日以降昭和三十三年二月二十八日まで、金百円につき一日金六銭の割合による遅延損害金、同金五万円とこれに対する右と同様の期間、割合による遅延損害金、同金七万円とこれに対する昭和三十一年十一月一日以降昭和三十三年二月二十八日まで、右と同じ割合による遅延損害金、同金五万八千三百九十円をこれに対する昭和三十一年十月六日以降昭和三十三年二月二十八日まで、右と同じ割合による遅延損害、金同金六万円とこれに対する昭和三十一年十月十九日以降昭和三十三年二月二十八日まで、右と同じ割合による遅延損害金、および金千七百四十円の債務と対等額で相殺し、被告二瓶正雄の原告組合に対する元金十万円とこれに対する昭和二十七年七月一日以降昭和三十三年二月二十八日までの元金百円につき一日金四銭の割合による遅延損害金債権と被告二瓶正雄の原告組合に対する前示長谷吉治と同じ内容の債務が被告長谷吉治の前示相殺により一部消滅したのでその残債務と対等額で相殺する。と述べ、被告の抗弁に対する原告組合の主張事実中、
(一)の(1)の事実のうち、加茂庄太郎が原告組合の事務執行について、独断専行したとの点を除いて全部認める。(2)の事実のうち加茂庄太郎が原告組合の代表理事を退任してからも諸帳簿を引渡さなかつたこと、昭和三十年七月十三日に原告組合主張の諸帳簿を引渡したことは認めるがその余の事実は否認する。加茂庄太郎は、事務の引継を明確にするため、一部書類を手許にとどめて原告組合と突合せ交渉中であつた。昭和三十年七月十三日には本件の金五十万円の債務も引継いである。
(二)の事実は否認する。原告組合が昭和二十六年十二月二十六日、株式会社加茂組より借り受けた金五十万円に関しては、当時の監事および理事会の承認を得たものである。(三)の事実は否認する。と述べた。
(立証省略)